鉱石の地平線

#794

「人は面白い生き物だね。退屈しない」「そりゃアンタみたいな奴から見りゃ、人生なんざ一瞬だろうさ」「歪さを内包するからだろうか。君達は真円にも似た完璧さを求めずにはいられない」「何が言いたい?」「人はこの真珠のようだ、とね」「そこまで純粋じ…

#770

まじないをしてあげましょう、と女は言った。葡萄酒の中に己が片耳より緑玉を落とす。疑わず驕らず、この杯を飲み干す事、さすれば糧と酒の恵みは失われないでしょう。かくして男は飲み干すや酒に溺れる事はなくなった。人は言う。彼の人は竜の貴婦人、旅す…

#733

「君はその石が輝きに満ち、最上の冠を戴くと言うが、私から見れば他の貴石以下だ」「金剛の位と名を持つというのに?」「ああ。焔と運命に翻弄されるそれは、人の子の生のようだね」竜の子は巡りついた金剛石に触れる事もなく、焚き火に揺らぐそれを見つめ…

#705

娘は男をよく見た事がない。幼い頃、無理に親と引き離されたのだ。だから男の眼が何色なのかなど知りもしなかった。藍玉をかしりと咬んだ時。「海の匂いがする」「ここは海から随分離れているぞ?」「あなたの眸が海色なのね」紅と白の娘を見つめる男は、遙…

#641

「ねえ、いつまで意地張ってんのさ。いい加減何か食べなってば」「母様の教えだもの。人界のものは口にするなって」「だからってさぁ……果物くらいは食べれるでしょ?」「私はこれで充分なの」「……その紫水晶の代金とかどうしてるかわかってるのかな、この姫…

#627

偉大なりし祖竜が啼く。人に奪われし我が仔を想うての咆吼は遠く遠く響きゆく。母なる祖竜は嘆きて食む──鮮血の肉塊にも似た紅き果実を。柔らかざる偽りの果実たるは柘榴石。死せる夜と生まれくる朝が幾度巡ろうとも彼女の悲しみはただ深く、そして仔を愛し…

#623

鼻唄混じりの竜が楽しげに並べていたのは、血のように紅い柘榴石。そこでようやく僕は思い至る。それは偉大なる父母竜に対する墓標なのだと。このシリーズに番外的に入れておきます

#485

硝子瓶より取り出したのは淡い色彩を放つ八面体。陽に翳すと蛍光する稀なる石は色とりどりに、しゃらしゃらとざわめいた。黄と褐色はランプの中に、蒼は酒にひたし、紫をひと欠片口に含む。さすれば翠のそれを紅炎にくべよう。溶融し再結晶化させれば星を臨…