2009-10-01から1ヶ月間の記事一覧

#323

「お嬢様、そろそろお戻りを」「嫌よ」「お体に障ります」「なら、一人で帰りなさい」「とんでもない、お嬢様をお一人残していくなど……それで、何をご覧になりたいのです?」「魚よ。空飛ぶ魚」「魚は元来海にいるものですが」「空にもいるのよ。ほら」「あ…

#322

いつも喧嘩ばかりしてきた俺ら。でも天涯孤独になって、住むとこも追われて、結局残ったのは俺とお前だけ。こんな寒い夜はお前が羨ましくなるけど、一緒になんて寝れない。寝た事ないし。寒さに震えてたらあいつが背中に寄り添った。俺はマフラーを分ける。…

#321

遠い遠い昔。サバンナに棲む動物と空に浮かぶ月が恋に落ちた。愛を語る事はできても、触れる事のできない恋。哀しみにくれた動物は天へと願う。どうか空へ届く体になりますように、と。想い焦がれたその動物は日に日に首を伸ばし、とうとう月とキスをした。…

#320

魔女と謗られ、異端とされた少女は十字に架けられた。彼女は審問を下した会を恨む事もなく、非難の眼差しを向ける民衆も罵らずに。ただ哀しげな微笑みを見せるだけ。その命が天へ地へと還る時。初めて見せた涙は水晶となって零れ落ち、崩れ去った躯体からは…

#319

辻占はいらんかぇ。ああ、そこの哥さん、浮かない貌をしておいでだねぇ。どうだい、辻占でも。なに、ほんの気晴らしさ。……へぇ、哥さんは業の深いお人だねぇ。今までに何人の女を泣かせたんだい? ふふ、およしよ。怖い貌をしておいででないよ。哥さんの相手…

#318

大切な貴方がいる喜び。分かち合える幸せ。貴方はこの気持ち、知っていますか。貴方に出会えて、私は善き魔女になれた。昏き魔女から変わる事ができた。貴方に寄り添う幸運に感謝を、貴方に変わらぬ愛情を。西の魔女の旦那様は東の賢者。

#317

漆黒の魔女は語る。この娘は大層不器用で、己の気持ちにも気付けなかった。幼馴染みが戦地へ向かうと決まった時、娘は両手を傷だらけにしながら護符を作り上げたという。やっと気付いた想いを込め、言葉は封じ。けれど無事を祈っていた娘は彼よりも先に兇刃…

#316

死せる島、と呼ばれる島がある。そこは島全体が墓地であり墓場である。ある大きな戦乱によって散った命を弔うべく作られた人工の島。永い時を経て弔う者も悼む者の皆無となった今も、その島には墓守が一人静かに佇んでいた。ベールに素顔を隠し、黒衣に身を…

#315

どうすれば貴方に私を刻めるだろう。私を乗り越え、新たなる治世への架け橋となるだろう貴方。その時きっと私を忘れてしまう。だからこそ。貴方に斃される最期の時、呪いを忍ばせよう。永劫、私を忘れぬように。喩えそれが貴方を苦しめようとも。貴方は勇者…

#314

ミラーシェードをいつものように掛ける。短い警告音声の後、黒い視界に緑の走査線が格子状に張り巡らされていく。瞬間、世界は構築される。いつもと同じ手順、いつもと同じ世界──だった。肉体を置き去りに、電脳世界へと魂が囚われてしまうまでは。僕達は出…

#313

あとどれくらい指折り数えればいいのだろう。あとどれくらい時が経てば貴方は戻ってくるのだろう。この場所を守りたいからと戦場へと旅立ってしまった貴方。この長い戦いは、あとどれくらいで終わるというのだろう。見上げた蒼穹に貴方の笑顔を思い出す。………

#312

貴方のネクタイを私の手が緩める。貴方の指先が私のブラウスのボタンに触れる。微かに響いていくのは互いの衣擦れの音と、熱の吐息だけ。薄い布越しに感じる体温に触れて、戸惑いごと引き裂いて。触れ合う肌に、躯に、貴方を刻み込んで。痛みでもいい……貴方…

#311

莫迦にしておいでかえ、兄さん。わっちらは躯ぁ張ってありんす。兄さんはわっちに何を張ってくりゃ? ここは花街、春と色を売る街。こんな街にも掟はありんす。張りも粋もわかりゃんせん御仁にゃ用はありんせん。さぁさ、とっととお帰りよ、この野暮天が!!

#310

きぃん、と短い耳鳴り。耳を押さえるように少しだけ目を瞑れば、次の瞬間。あたしの体は宙へと投げ出された。見知らぬ景色、見知らぬ空気、空には双子月。喉を灼くような熱気。肌を刺す日差し。体中の水分が奪われていく。倒れたくないと思うのに、意志とは…

#309

己の血で描き出すは深紅の錬成陣。それより創造せんとするは禁忌の秘術。禁じられ秘匿され闇に葬り去られし魔の所業。されど求めん。我はここに描き、創り出さん。死せる砂漠の民に、水の恵みを。無から有を生み出す、禁断の術。血塗られしものなれど、我が…

#308

砂漠で死んだ女の魂は砂の薔薇となり、地に留まるという。海で死んだ女の魂は真珠となり、水に留まるという。けれど、男の魂は天にも地にも水にも、どこにも留まらない。それは薔薇を守る砂漠となり、真珠を守る貝殻となり果てるから。その両の腕は女を優し…

#307

星がきらきらと綺麗な群青色の空へ手を伸ばしたら、するすると毛糸が指先に取れた。彼に似合いそうな色。思い描いていた色を手にできてちょっぴりご機嫌になりながらマフラーをせっせと編む。お願いだから朝になっても消えないでね、と願いながら。私は夜色…

#306

行き場のない想いを抱え、鳥はほとほと泣く。囀る事を知らぬ天の鳥はその羽根の色を変じさせ、感情を表現する。鳴けない鳥の哀しみの声は涙となり、やがて空より零れ落ちてしまう。小さく瞬く流星の群れは、天鳥の哀しみの涙。声なき声で語る、物語の音。

#305

寒風吹きすさぶ木枯らしの中、暗い帰路の最中に煌々と灯る赤い提灯を見つけた。こんな夜には有り難い屋台だ。コートの襟元を合わせ、猫背気味に駆け込めば暖かな湯気と出汁の香り。ほっこりと、おでんと熱燗を堪能すればもう宵の口。ごちそうさん、狐の親父…

#304

二人だと狭く感じるベッドも、一人きりだとなんだか広く感じる。貴方のぬくもりがないベッドの中は、いくら温めても冷たいまま。貴方のいない日々。私は一人小さく丸くなってベッドの中。貴方のくれた、ふかふかのぬいぐるみをきつく抱き締め、冷たい夜を今…

#303

ウェブを通して新しいお仲間を見つけ集め、そしてとうとう同好の場を立ち上げた。その名も『叫部(さけぶ)』! ネットのあらゆる場所で思い立ったら叫ぶというのが主な活動内容。ただし現実ではご近所迷惑にならない程度に。最近はTwitterにもじわり浸蝕し…

#302

星界の彼方、響くは澄んだ剣戟。虹水晶より削り出された長剣は軽やかに翻り、一合二合と重ねる度に眩筝を奏でる。斬り結ぶ毎に生まれ、そして散る火花。それらは永い刻を経て降り注ぐ流星へと変じるのだという。星を生み出すのは、永劫に剣を合わせる二柱の…

#301

こんな星降る夜には、大きなテーブルクロスを持って外に出よう。一人だと大変だから、できれば誰かと一緒に。できれば大切な人と一緒に。見晴らしのいい草原で布を目一杯広げて星を集める。一晩寝かせたそれが甘い甘い金平糖になるように、星集めは大切な人…

#300

渡世に吹きすさぶ風は冷たく強くとも 妙なる錦はこの胸に いよよ華やぐは百花繚乱 此花散らすも咲かすも己次第 なれば咲かせてみせようぞ 艶やかなる大輪華 散らして徒花とするにゃ惜しい華 いっそ皆で咲かそうや サクラサク300本達成のこの日は多くの資格試…

#299

勇者は魔王に恋をした。赦されざる事と知りつつ恋をした。魔王を倒す事は簡単。けれどそれは相手の命を奪うという事。好敵手が如く幾度斬り結び、幾度月夜を迎えたか。斃れる事も斃す事も望まぬ勇者は覚悟の一計を案じた。魔力を奪い去る秘薬を唇に、想いの…

#298

夕暮れ、二人で歩いていると不意に彼女が腕を引いた。「ね、キスして?」悪戯めいた囁き。僕がどごまぎして咄嗟に何も言えないでいると、彼女は身を翻す。「でも、ダメ」え、じゃあさっきのは一体? くすくすと楽しそうに笑うと、呆気に取られてる僕の手を取…

#297

彼女は強くて不遜で傲慢で強気で強運にして兇運の持ち主だった。男に頼る事も権力に媚びる事もせず、ただひたすらに我が道を征く。いつも不敵で自信に満ち溢れた笑みを紅唇に浮かべている。だからあれは完全に不意打ちだった。彼女が一人静かに涙を流してい…

#296

どうしても言い出せない一言がある。貴方の笑顔を見るたびに言い出せず、呑み込んでしまう言葉。どうしたら貴方を傷つけないで済むのだろう、なんて都合のいい夢を見る。ならば言わなければいいだけなのに。貴方の為、という私をきっと責めるだろから。紡げ…

#295

これはゲームだ、と彼は言った。本当の事を決して言ってはいけない、嘘のゲーム。だから彼は私に偽りの愛の言葉を囁くのだ。彼の心は私の許にはない。戯れの退屈しのぎに私の心を縛り付ける。貴方なんて嫌いよ、と叫んだら彼はどんな顔をするだろうか。仮初…

#294

これより語りますは、ある語り部の詩。或いは吟じ手の唄。稀なる声の持ち主でありましたが、唯一つ。神へと奉じる歌を拒んだ事より物語は始まります。拒まれた神は怒り、その声に嫉妬し、その者へと罰を与えました。彼の者より紡がれる言葉は全て呪詛となり…